日本と台湾 2

昨日の続きです。

「終戦時、中国から引き揚げてきた民間人4万人、将兵35万人の命を繋いでくれた中華民国と蒋介石氏に対して対し、当時北支那派遣軍の中将だった根本氏がその恩義に応えるべく行動した」と書きました。
 
第二次世界大戦が終わった後、中国では中華人民共和国軍と蒋介石氏が率いる中華民国軍との間で激戦が続けられていました。

その戦は中華民国軍の連敗続きでした。

根本氏は日本にて中華民国軍劣勢の戦況を聞き、蒋介石氏から受けた恩義に報いる為の行動を起こします。

北支那派遣軍で一緒だった部下達と連絡を取り合い、台湾にいる同士の用意した漁船で日本を脱出して台湾に向かったのです。

当時、アメリカの管理下にあった日本を脱出するのは大変苦労したようです。

根本氏は台湾では蒋介石氏に会い、以前受けた恩義に報いる為、戦いの最前線に出ることを希望します。

そして大陸近くの金門島に渡り、参謀として戦いました。

それまで連敗続きであった中華民国軍はここで劇的な勝利を得ます。

この結果、現在でも大陸に近いこの金門島は未だ台湾領です。

その影の力は根本元中将達17人の日本人でした。


台湾本島に戻った根本氏達は蒋介石氏から礼を言われ、記念の花瓶をもらいます。

その花瓶は対になっており、現在1つは根本家にあり、もう1つは蒋介石の顕彰施設である中正紀念堂に飾られています。

ただ、この日本人の活躍は中華民国軍にとって都合のいいものではありませんでした。

その事実は長い間伏せられていました。

金門島の戦いで勝利してから60年になる2009年のことです。

その式典準備をしている時、その戦いに日本人が参加していたという話が出て来ました。

それでも大きな話題にはなりませんでした。

2009年10月に開かれた式典に日本人関係者の子孫が招待されます。

その時、思いもかけず出席していた馬英九総統から歓迎の言葉を受けたのです。


2011年3月11日に起きた東日本大震災が発生した時、台湾はどこよりも早く救援隊を派遣してくれました。

馬英九総統は自らテレビに出演して日本への援助を呼びかけました。

その結果、人口わずか2300万人にすぎない台湾が200億円を超える義援金を送ってくれたのです。

日本の占領下にあった台湾であるにもかかわらず、日本との強い結びつきは続いています。

この本を読んで改めて台湾が好きになりました。



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