海の翼

昨夜、本を1冊読み終わりました。

「海の翼」という題名です。

とてもいい本なので、その一部紹介します。

昭和60年(1985年)に起きたイランイラク戦争の時、イランには約330人の日本人がいました。

イラクのフセイン大統領は3月17日に「19日20時30分を期してイラン上空を飛ぶ全ての航空機は無差別に撃墜する」と宣言します。

48時間しか猶予がない中、空港にはイラン脱出する人達で大混乱。

各国は自国民救出のため民間・軍用機を差し向けます。

しかし、当時日本では自衛隊機の海外派遣が認められていませんでした。

また日本航空は航空機を出そうと機長も決めたのですが、危険だという理由で組合が反対して出せません

結局日本からは一機も飛び立ちませんでした。

そんな絶望的な中、イラン駐在の日本大使が中心となって航空券を手に入れようと懸命に働きます。

しかし各航空会社は自国民優先で飛行機に乗せようとします。

なかなか航空券が手に入りません。

やっとの思いで手に入れた航空券は123名分だけ。

あとの200名以上の日本人の航空券はありません。

そんな時、日本大使は最後の頼みの綱として親しいトルコ大使を訪問しました。

断れることをほぼ覚悟して、日本人のために航空機を用意してくれるよう依頼したのです。

ところが思いもよらず、トルコ大使は日本大使の話を聞き即座に「至急日本人を救うための航空機を派遣してもらえるよう本国に電報を打ちましょう」と言ったのです。

当時のトルコの首相オザル氏もその申請に同意し、すぐ手配をしました。

航空機派遣の理由を、その首相も大使も口にしたのは「エルトゥールル号の恩返し」でした。

エルトゥールル号とはトルコの軍艦で、明治23年(1890年)使節団を乗せて日本訪問しました。

その帰りに台風に遭い紀伊半島沖で沈没したのです。

その時、嵐の中紀伊大島の島民達が命がけで船員達を助けました。

助けられたのは600名中70名程でしたが、島民は懸命に介抱し、死んだ人達を弔いました。

明治政府も天皇自ら指導し、手厚く介抱し、生き残ったトルコ船員を日本の軍艦2隻で送り届けたのです。

そのエルトゥールル号の話はトルコの子供達は小さい頃から教科書などで習っているそうです。

ですからほとんどのトルコ国民はこのことを「100年前の恩」として引き継がれています。


イランイラク戦争時にトルコの飛行機で日本人が救われたことは、私も当時新聞で読んで知っていました。

またエルトゥールル号のことも知っていました。

ただ、その詳しい経緯はこの本を読むまで知りませんでした。

フセイン大統領が宣言した時間が迫っている時、イランにまだ600名のトルコ人がいました

それにも関わらず、最後の飛行機に日本人を乗せたのです。

知りませんでした。

本ではこの後その詳しいことが解き明かされます。


平成11年(1999年)トルコで大地震が発生しました。

その時日本政府や日本人が取った行動も書かれています。

この本を読んで思うのは、「他者を思う優しい心」が引き継がれることの美しさです。

恨みは恨みしか生みませんが、優しさは優しさを生みます。

この「海の翼」、いい本です。

お勧めします。
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